調査・質問内容
| 質問番号 |
0099500807 |
| 状態 |
受付済 |
| 質問日 |
2025/02/06 |
図書館からの回答
| 回答状態 |
公開済み |
| 公開日 |
2026/08/05 |
| 関連質問番号 |
|
次の資料を紹介した。
資料1 『鹿児島県郷土史大系 3』(松下 重資 編 松下重資 1932年) (0130478183)
p.40-43 「氏神稲荷神」の項目あり。忠久公生誕時に狐火が照らしたこと,住吉神社の摂社に稲荷神社があったため,この神の御加護によるものだとありがたがったことの記述あり。この故事から稲荷神社を氏神として崇めているとあり。関ケ原の戦など幾多の霊験があったため,一層崇敬深いとあり。この他,県下の稲荷神社が挙げられている。
資料2 『ふるさと加世田の史跡』(相徳 隆 編 加世田市教育委員会 1979年) (0130458045)
p.48「2 島津雨と稲荷宮」の項目あり。前述の内容と類似の簡単な記述。
資料3 『鹿児島城下下荒田郷土史』(染川 享 編 1936年)
p.266-271に泗川(サチョン)の戦いにおける赤狐と白狐に関する記述あり。また,資料1にある忠久公誕生時に稲荷の霊験があり,それ以降氏神として尊ばれていることの記述あり。
資料4 『総力特集薩摩島津家最強の真実 “鬼島津”と恐れられた軍団の強さの秘密とは』歴史人2018.4号(KKベストセラーズ/[編] K.K.ベストセラーズ 2018年) (0131188385)
p.78-85に「乱世を生き抜いた名家島津家の謎11」(桐野作人著)あり。
このうち,p.78に「1朝鮮で義弘を助けた「2匹の赤い狐と1匹の白い狐」の怪」の項目あり。泗川の戦いについての記述である。
また,「(前略)…以来,島津家では主に戦場で狐や狐火が登場して…(中略)…という吉瑞が島津方の史書に多数残っている。関ヶ原合戦の島津退き口でも,狐が現れた道案内をしてくれたという逸話があるほどだ。」とあり。しかし,詳細や出典か所の明示はなし。
資料5 『鹿児島県の歴史』(原口 虎雄/著 山川出版社 1973年)
p.168-169の「社寺と修験道」の項目に「稲荷の信仰は,島津の本姓惟宗がもと秦氏であるから,秦氏の稲荷神信仰との因縁にもとめられようが,」との記述あり。
(webサイト)
早稲田大学リポジトリ(https://waseda.repo.nii.ac.jp/records/5982 最終確認日2025年7月10日)
「泗川の戦いにおける奇瑞の演出」(鈴木彰著 国文学研究 169号 p.13-24 2013年3月15日発行)
引用,参考文献多数あり。p.23の注記(16)に,先行研究として,安藤保氏の「島津家と稲荷大明神・狐」(「朱」48(2005.3))があることが記載されているが,当館には所蔵がなく,インターネット公開もなかった。
参考文献
参考URL
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