事例詳細

調査・質問内容

質問番号 0099500653
状態 受付済
質問日 2024/07/12

(1)宝暦治水には947人の人が携わったようだが,一覧はあるか
(2)宝暦治水後,美濃の人で治水工事の勉強等のため薩摩に行った人がいるか

図書館からの回答

回答状態 公開済み
公開日 2025/12/28
関連質問番号


また,関連して,宝暦治水に関する当時の史料は少ないということが書かれた資料がったので,参考までに紹介した。

【参考資料1】『薩摩義士 第5号』(鹿児島県薩摩義士顕彰会 [編] 鹿児島県薩摩義士顕彰会 1998年)
(0130713324)
 p.49-53の湯田信義氏の論文「薩摩藩の宝暦治水工事の史料」のp.49にて「宝暦治水工事に関する史料のうち,当時薩摩藩に収集され現在まで残っている史料は,『鹿児島県史料』「旧記雑録追録五」(昭和五○年二月一日発行)に採録されている。それらの史料は五十数点あるが,治水工事の始まりから終了まで,全体にわたって詳細に整理記録されたものはみあたらない。」

【参考資料2】『薩摩義士 第10号』(鹿児島県薩摩義士顕彰会 [編] 鹿児島県薩摩義士顕彰会 2003年)(0130918469)
p.35-42に「遺稿 宝暦治水工事と蒲生郷士」(湯田信義著)が収録されている。
p.35「宝暦治水工事に参加した薩摩藩士卒は」として,家老や足軽,下人等人数が掲載されており,さらに「(前略)…そのうち江戸の薩摩屋敷から出向いた二十二名と薩摩からの四十五名,合わせて六十七名の上級士の名前がわかっているのみで,薩摩からの四十五名については,城下士と郷士の区分,各郷からの参加者が誰であったかもわからないし,犠牲になった八十余名についても同様である。
このように余りにも宝暦治水についての記録が残っていないことからして,県内各市町村の郷土誌(史)では宝暦治水についての総括的な記述はあっても。それぞれの市町村に直接かかわった記述は見あたらない。…(後略)」と書かれている。


【参考資料3】『薩摩義士 第4号』(鹿児島県薩摩義士顕彰会 [編] 鹿児島県薩摩義士顕彰会 1997年)
(0130647613)
 p.34-35「薩摩義士の呼称の起こり」(宮内久雄著)の論文にて
 「そもそも薩摩義士の偉業は,徳川幕府をはばかって深く秘められ,美濃地方は勿論のこと薩摩でもそれを顕彰するなどとのことは堅く禁忌とされていたという。」

【参考資料4】『薩摩義士 第8号』(鹿児島県薩摩義士顕彰会 [編] 鹿児島県薩摩義士顕彰会 2001年)
(0130789316)
 p.9-23「宝暦の治水工事(七)」(山田尚二著)の「①薩摩藩士の子孫を捜そう」にてp.18に「今から二百余年前,薩摩藩士千人が幕府の命で木曽川の治水工事に出かけた。・・・(中略)・・・しかし,この尊い犠牲は,国もとでは評価されなかったようで,義士の子孫である吉野町の永田家には「他人に言うな」の家訓が残っている。」

(2)宝暦治水後,美濃の人で治水工事の勉強等のため薩摩に行った人がいるか
 該当の資料を見つけることはできなかった。
 参考として,薩摩藩の土木技術について記述のある以下の資料を紹介した。
 【参考資料5】『宝暦治水と岐阜農民』(山田 尚二 [著] 山田尚二 1984年)(0130444029)
 「鹿児島県錦江湾高等学校研究紀要第八巻」の別刷。
p.36 「封建制の堅固であった薩摩藩では,土木事業や科学技術への評価は低かった。」


鹿児島県立図書館
奉仕課調査相談係
電話099-224-9513
FAX 099-224-5824

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図書館からの回答

回答状態 公開済み
公開日 2025/12/28
関連質問番号

(1)宝暦治水には947人の人が携わったようだが,一覧はあるか
(2)宝暦治水後,美濃の人で治水工事の勉強等のため薩摩に行った人がいるか



(1)宝暦治水には947人の人が携わったようだが,一覧はあるか
 該当の資料を見つけることはできなかった。
しかしながら,一部責任者の氏名や犠牲となった人々の氏名や携わった人数に関する記載がある資料があったので参考までに示した。
【資料1】『鹿児島県史料 旧記雑録追録 第5巻』(鹿児島県維新史料編さん所 編 1975年)(0130428279)
 【参考資料1】で挙げられている資料。
 p.429~432(文書・記事目録1331)「幕府,濃勢尾諸川治水助役ヲ下命ス,平田正輔等コレニ当ル」
 p.447-448(文書・記事目録1370)「濃尾勢州川 普請場役人名書」
 p.457-458(文書・記事目録1389)「濃尾勢州川 普請場掛役人名書」
 p.462-463(文書・記事目録1405)「御手伝普請係役人名書」
 p.463-464(文書・記事目録1407)「御手伝普請係役人名書」
 p.484(文書・記事目録1482)「義岡久中・鎌田政昌家老連署返書」※人数が掲載
 p.484-485(文書・記事目録1483)「普請場差出人数書届」※人数が掲載
 p.490-492(文書・記事目録1492)「平田正輔首尾書」※人数が掲載
 p.492-493(文書・記事目録1494)「御普請勤方人数配帳」※人数が掲載
 上記は宝暦治水に関する資料の一部。この他,文書・記事目録で確認すると文書番号1337~1772が,宝暦治水が行われた宝暦4年~5年の文書となっている。


【資料2】『宝暦治水と薩摩藩士』(伊藤 信 著 鶴書房 1954年)(0130122096)
 p.123-124(派遣人数,役人の名前),p.140-147(鹿児島発足人数,役人の名前)
 p.146-147に「是等の追加派遣せられた人數を合算すれば,當時薩摩側の出役人數は概算次のやうである。
一,五百六十七人 御家老始め足輕迄
一,三百八十人 御家老始め歩行士迄の家來下人 
合計九百四十七人 
此の外書役,醫師等の随員は判然しない。又傳ふる所に依れば,工事場での土地の者を傭ひ入れた人夫を加算すると,總計二千人にも及んだと云ふ事である。」とあり。

【資料3】『宝歴治水薩摩義士事蹟概要』(山田 貞策 編 薩摩義士顕彰会 1932年)(0130204084)
p.34-36(役人),p.61-62(元小屋駐在の藩士),p.65-68(主任以下の幕吏),p.85-87(犠牲者(自害)),p.95-96(犠牲者(割腹)),p.109-116(犠牲者と菩提寺)

【資料4】『濃尾勢三大川宝暦治水誌 上』(西田 喜兵衛 編 [出版者不明] 1907年)(0130211204)
 27-34丁(名簿のようなもの),87-96丁(犠牲者),112-113丁(犠牲者)
 34丁に「當時出役人員概算」として
「一人數五百六拾七人 御家老始足輕迄
一人數三百八拾人 御家老始歩行士迄ノ家來下人
合計人數九百四拾七人
但外ニ書役醫師其外随之人及人足等人數不相知」
 下巻【資料4】『濃尾勢三大川宝暦治水誌 下』(0130211212)にも44-46丁に御用留帳が収録されており,他の頁にも一部人名の掲載あり。

【資料5】『鹿児島県史 第2巻』(鹿児島県 編 鹿児島県 1967年)(0130474000)
 p.216-229に「第三節 島津重年代」として,重年公の年代が収録されている。p.219~220に「工事區域と監督の幕吏」,p.225~227に「犠牲者の氏名」あり。


【資料6】『宝暦治水血涙薩摩義士物語』(池水 喜一 著 池水喜一 1971年)(0130487168)
p.61-62,p.213-220(※犠牲者)

【資料7】『薩摩義士』(面高 正俊 [ほか]編著 鹿児島県育英財団 1983年)(0130487077)
 p.42(江戸から美濃へ行った上級士,p.44鹿児島から美濃へ行った上級士,p.188-190犠牲者

【資料8】『宝暦薩摩義士』(鹿児島県教育会事務所 編輯 鹿児島県教育会事務所 1926年)
(0130056948)
 犠牲者p.41-49,133,147-157,164-176 /人数が掲載p.180-181/主任以外の幕府役p.211-214

【資料9】『大隅 第16号』(大隅史談会 編 大隅史談会 1972年)(0130151152)
 p.157-163(犠牲者)

【資料10】『薩摩義士の話 第3輯』(鹿児島市郷土課 編 鹿児島市役所 1942年)
 p.26-27(幕府側,薩摩側の名簿),p.69-74(犠牲者)

【資料11】『薩藩と宝暦の治水 上巻』(川村 俊秀 著 川村俊秀 1927年)(0130423593)
 p.79-81(役人の名簿)

【資料12】『薩摩義士 創刊号』(鹿児島県薩摩義士顕彰会 [編] 鹿児島県薩摩義士顕彰会 1994年)(0130570195)
p.32-41(犠牲者)

【資料13】『薩摩義士 第5号』(鹿児島県薩摩義士顕彰会 [編] 鹿児島県薩摩義士顕彰会 1998)(0130713324) ※前掲【参考資料1】として掲載
 p.49-52 湯田信義氏の論文「薩摩藩の宝暦治水工事の資料」にて【資料1】『鹿児島県史料 旧記雑録追録 第5巻』の読み下し文掲載。
 p.89-92 坂口達夫氏の論文「阿多新田用水路工事と宝暦治水工事の関係者」にて【資料1】『鹿児島県史料 旧記雑録追録 第5巻』のp.429~431(文書・記事目録1331)「幕府,濃勢尾諸川治水助役ヲ下命ス,平田正輔等コレニ当ル」等をまとめたもの等が掲載。

【資料14】『薩摩義士 第2号』(鹿児島県薩摩義士顕彰会 [編] 鹿児島県薩摩義士顕彰会 1995年)(0130601867)
p.8-24に「宝暦の治水工事(一)」(山田尚二著)に役人の名前などあり。

【資料15】『薩摩義士 第18号』(鹿児島県薩摩義士顕彰会/[編] 鹿児島県薩摩義士顕彰会 2011年)(0131068736)
p.33の「治水工事の概要」に人数が掲載

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